何も言えないが冷静は保てなくなった緩の態度を、三日月が満足げに眺める。
「緩さん、あなた、今の副会長からはご信頼を得られていないようね」
「そんな事ないわ」
「あら、じゃあどうしてこんなところでお食事をされているのかしら?」
廿楽がまだ副会長だった頃、緩は週に数日は昼休みを副会長室で過ごしていた。だが今は、教室で昼食を取っている。カフェテリアは嫌いだ。人が多いから。
「ひょっとして、副会長室を追い出されたからかしら?」
「ちっ 違うわよっ」
緩はバンッと机を叩く。
「先輩方のお邪魔にならないよう、遠慮しているのですわっ」
「あら、今まではお邪魔じゃなかったと言うの?」
「生徒会のメンバーが変わったので、お仕事の引継ぎなどで忙しいのです。落ち着けばまた私は副会長室へ戻ります」
たぶん。
だが三日月は、そんな緩の一抹の不安を見透かすかのように、ゆったりと首を揺らした。
「あら、そうでしたの。ごめんなさい」
これまた悪びれもせずにしれっと答える。
「私、何も知らずに勝手な事を言ってしまったかしら? 怒らせてしまったのならごめんなさい」
言いながら、ふくよかな頬を大きく揺らす。
「ただ、こんなところでお食事なんかされているから、てっきり緩さんは今の副会長様からの御贔屓は得られずに、追い出されてしまったのかと思いまして」
そんな相手の言葉にギリッと唇を噛む緩の視線に首を竦める。
「そうなれば、今までのように緩さんの言動を後押ししてくださるお力はございませんものね。そうしたら、先ほどのように飲み物が飛び散っても、緩さんは文句も苦情も言えないお立場になってしまう。そんな状況に緩さんが追い込まれているのではないかと思いまして、私は心配していただけですのよ。でも、緩さんのお言葉を聞いて安心しましたわ。私の杞憂だったようで」
言いながら相手は大仰に腰を揺らして緩に背を向ける。
「緩さんにはやっぱり、そうやって権力を後ろ盾に堂々としていらっしゃるお姿がお似合いですものね」
「―――っ!」
言い返そうとする緩の言葉を塞ぐように、三日月はゆるりと肩越しに振り返る。
「そうそう、私、今度の副会長様と面識がありますのよ。私の兄と副会長様のお兄さまが同級生でして、私も小学の時に何度かお会いしておりますの。そのうちお声でも掛けていただけないかしら」
まるで緩になど関係のない話を嫌味のような抑揚で語り、また喉を鳴らして笑いながら教室を出ていった。
その姿を、緩は拳を握り締めて睨みつけた。
副会長室を追い出されて―――
そのような事ではない。
言い聞かせる耳に、現在の副会長の言葉が響く。
「しばらくは、副会長室への出入りを禁止します」
告げられた時は本当に目の前が真っ暗になった。
「なぜですか?」
問う緩に、新副会長である二年生の女子は眉を潜める。
「わからないの?」
まるで能無しだと言わんばかりの侮蔑な視線。緩は背中に寒気を感じる。
「華恩様があのようにご自宅に篭られてしまった原因は、あなたにあるのよ」
「わ、私に?」
まるで身に覚えが無いと言いたげな緩の態度に、周囲から嘆息がもれる。
「私、が、ですか?」
「あなたが、下手に大迫美鶴を追い詰めたからこうなったのよ」
「で、でも、大迫美鶴を山脇先輩から引き離さなければならなかったわけで」
「それは山脇瑠駆真がただの一般生徒であったらの話でしょっ!」
机を叩く二年生の声。緩はビクリと肩を震わせる。
そうだ。緩は大迫美鶴を山脇瑠駆真から引き離すよう、廿楽華恩に指示されていた。それゆえ狂言紛いな事までして、大迫美鶴を自宅謹慎へ追い込んだ。
下級生に手をあげる生徒など、山脇くんは愛想を尽かすわ。
廿楽華恩は喜んだ。緩を褒めた。だが、事は華恩が望んだようには運ばなかった。
瑠駆真にこっぴどく振られた華恩は、腹いせに自殺未遂を起こした。
自分を自殺へ追い込んだとなれば、自分の親や、学校が黙ってはいないだろう。いざとなれば大迫美鶴を盾にしてでも、山脇瑠駆真を手中に収めてやる。
そんな華恩の思惑も外れた。
本来、学校へ多大な影響力を持つ廿楽家の娘を自殺に追い込んだとなれば、その当事者は責められるのが唐渓での一般常識。だが、山脇瑠駆真は咎められるどころか、無罪放免。緩の言葉も狂言とされ、大迫美鶴の謹慎まで解けてしまったのだ。
なぜならば―――
「山脇くんほどの高貴な御方のお心を悪戯に刺激するような言動、本来なら許されません」
そう、山脇瑠駆真はただの一般生徒ではなかった。中東の王室関係者だと言うのだ。
広まる噂の中には、瑠駆真は王位を継ぐ皇太子だなどと表現するものまであって、今の唐渓はもうその話題でもちきりだ。
「山脇くん、いえ、山脇様が想いを寄せると言われる大迫美鶴を狂言などで自宅謹慎に追いやった。その張本人とこの副会長室が密に関わっていると誤解されれば、周囲からどのような目で見られるかわからない」
誤解? 親しく付き合っているのは事実ではないか。
だが、緩に反論の余地はない。
「私はただ廿楽先輩の為に」
「今は私が副会長だ」
「これからは先輩の為に働きますっ!」
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